令和8年 2月 11日 水曜日 洞明寺経絡体操・坐禅会




私達の本心は、あらゆる事象を正しく受け入れ、理解するだけの力を本来はちゃんともともと備えています。
ただ、その力をあちこちへ自分で知らず知らずのうちに散漫させてしまっているが為に、自ら思いもよらぬ混乱を招いてしまっています。しかし、本当はその心の在り方の「真の相」の観方を変えると、力があちこちへ散漫になってしまっていることへの正しい心身の反応として、心身がその通りに働いているのであるから、その常に正しく働いている心の力を、本来在るべき処へ徐々に心身を調えて集め定めていくと、自ずからあちこちへ散漫してバラバラに散らばっていた力が、自然に「一処」に止まるようになっていきます。
それをまさに「一」に「止まる」が故に、「正しい定」、或いは「正念」といいます。
なぜ、仏さまは「誰でも必ず仏さまになれる」と言い切れるのか? と言えば
それは正に、仏さまになるための「働きとしての力」と極悪人として「働かせている力」は同質のものであると確信しておられるからに他なりません。
自らに生じているあらゆる事象は、必ず解決する力を「己自身」が既に保持しています。
何事によらず、他者の責任にしている暇はありません…。
常にまさに一心に勤めて出道を求むべし
この世で起きる一切世間の出来事は、みな結局は生まれては消え去るものばかりです。
だからと言って、無意味ではありませんが、変化変滅するものに一喜一憂するのではなく、自己本来の心を定めて法相(ものごとに共通する本質)を観て、物の世界に振り回され、心身に追い回される在り方から出て、心身を使って豊かな人生を創造する歩みへと変革させて頂きましょう。
お釈迦さまや道元禅師がそれらを実現された覚者であり証人です。嗚呼、有難し有難し。
常に正に一心に勤めて出道を求むべし
一切世間の動不動の相は、みな是れ敗壞不安の相なり
もし心を摂むる者は、心則ち定に在り
心定に在るが故に、能く世間生滅の法相を知る
この故に汝等常にまさに精進して諸々の定を修すべし
道元禅師 正法眼蔵 八大人覚之巻